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2018/12/28 What's VOLVO

名車、ボルボ850を振り返る。

1991年、ボルボは240シリーズの後継車種として850GLTを発表します。スウェーデンで当時最高の投資の下で産み出された850シリーズは、革新的と表現しても差し支えないほど、まったく新しいクルマでした。

 

セールスはもちろん、レースの世界においても活躍した850シリーズは、どんなクルマだったのでしょうか、振り返ってみることにしましょう。

 

 

■ ボルボ850とは?スペックや誕生の経緯

「4つの世界初を備えたダイナミックなクルマ」というキャッチコピーとともに販売が開始された850には、”横置き直列5気筒エンジン独自のデルタリンクリアアクスルサイドインパクト・プロテクション・システム(SIPS構造)自動調節式フロントシートベルトという世界初の機構が搭載されたほか、駆動方式がFFとなったこともトピックでした。

 

開発がスタートしたのは1978年のこと。当時のボルボとオランダ企業のボルボ・カーズB.V(後のネッドカー)が、新しいクルマの基礎となるテクノロジーの共同開発を計画した”ギャラクシープロジェクトにより850は産み出されました。(ボルボ・カーズB.Vは400シリーズを開発)

 

エクステリアデザインは、それまでの700シリーズによく似たものでしたが、FFの駆動方式をはじめあらゆる面が新設計でした。

 

 

■バリエーションの拡充。そしてレースへの回帰

850シリーズを成功に導く要因となったのは、1993年の2月に発表されたエステートの存在です。Dピラー全体にかかる縦長のテールライトが特徴的はエクステリアデザインが評価され、イタリアの「最も美しいエステート」賞や、日本の「1994年グッドデザイン大賞」など輝かしい賞を受賞しました。

 

850エステートは、1990年代に日本で起こったステーションワゴンブームの火付け役になったことでも記憶されています。1994年、それまでのボルボのイメージを覆すハイパフォーマンスモデルがジュネーブ ショーで公開されました。それが、専用色の美しいクリームイエローをまとったT-5Rです。

 

このT-5Rは、セダンとエステートあわせて世界限定2,500台を予定したスペシャルなモデルで、特別なチューニングを施されたターボエンジンは、240psの最高出力と330Nmの最大トルクを発生。専用の足回りに17インチアルミホイール、エクステリアには、角型のエキゾーストパイプや専用デザインのスポイラーなどが装備されていました。

 

1995年に発売されたクリームイエローのT-5Rは数週間のうちに完売してしまい、ブラックのT-5Rを2,500台追加。さらにダーク グリーンのT-5Rが2,500台追加生産。現在でもマニアの間で人気の高い1台です。

 

この1994年には、もうひとつ注目すべきトピックがありました。それはレーストラックへのカムバックでした。

 

トム ウォーキング ショー レーシング(TWR)をパートナーとして迎え入れ、ドライバーにはスウェーデン人ドライバーのリカルド ・リデルとオランダ人ドライバーのヤン・ラマースを起用。当時、世界的にも注目されていたイギリスのツーリングカーレース”BTCC”に、2台の850レーシングカーを投入したのです。

 

その復帰レースで使われたのが850エステートで、240シリーズ以来の「空飛ぶレンガ」は、多くの関係者やレースファンの注目を集めました。

 

1995年にはレギュレーションの変更により、サルーンのみのエントリーとなりますが、リカルド・リデル選手は、総合で3位の成績を収めることに成功しました。

 

リアオーバーハングの重いエステートでレースに出場するという画期的なアイデアは、いまだに語り継がれるほど、人々にインパクトを残す結果となりました。

 

この850シリーズは、ほかにも1995年にサイドエアバックを搭載(量産車では世界初)、翌1996年にはAWDの追加など、ボルボにとってもエポックなクルマでした。この850シリーズは、1997年の大幅改良によってS70とV70へと名称を変更。その結果、850シリーズに端を発するモデルは、累計で約136台が製造されました。

 

日本では、この850シリーズの成功によって、一定のマーケットを獲得。現在のボルボの好調な販売につながっています。